妊娠・出産を理由として、女性従業員に不利益な扱いをする「マタハラ」。
法律で禁止されているものの、実際に被害に合い、辛い状況にいらっしゃる方もいます。
本記事では、マタハラの具体例や対処法、マタハラが発生した場合に加害者が問われる責任などを解説します。
マタニティハラスメントとは?
マタニティハラスメント(マタハラ)は、働く女性にとって悩みとなるセクハラやパワハラに並ぶ、3大ハラスメントのひとつといわれています。
妊娠・出産・子育てをきっかけに職場で精神的・肉体的な嫌がらせを受けたり、妊娠・出産を理由とする解雇や雇止め、降格など不当な扱いをされることを指します。
似た言葉で「パタハラ」がありますが、こちらは男性がハラスメントの被害者の際に使われます。
妻の出産を控えていたり、育児中の男性従業員が、育休取得や時短勤務、看護休暇を希望したり、実際に取得する中で、周囲や上長がネガティブな言葉を放ったり、不利益な扱いや嫌がらせをすることを指します。
マタハラには2種類ある
マタハラには、大きく分けて2つの種類があります。
・「制度等の利用」への嫌がらせ型
・「状態」への嫌がらせ型
それぞれ詳しく見ていきましょう。
「制度等の利用」への嫌がらせ型
「制度等の利用」への嫌がらせ型とは、出産・育児に関連する制度の利用を阻害することや、利用をきっかけに嫌がらせをすることを指します。
「男女雇用機会均等法」や「育児・介護休業法」で認められている制度として、産前産後休暇(産休)や育児休暇、子供が病気になった時の看護休暇、育児を理由とする時短勤務、時間外労働の制限などが挙げられます。
これらの制度があるにも関わらず、早期復帰を強要されたり、子供の体調不良による早退や看護休暇への理解が得られないことなどが「制度等の利用への嫌がらせ」に当たります。
「状態」への嫌がらせ型
「状態」への嫌がらせ型とは、妊娠・出産したことや、それにまつわる体調の変化で労働能力が低下したことに対する精神的・肉体的な嫌がらせのことを指します。
例えば、「つわりぐらいで休むな」「こんな時期に妊娠するなんて」「辞めたら?」などと言われることがこれに当たります。
発言者が意図せずとも、対象者が精神的・肉体的に苦痛を感じる言動が繰り返されることはマタハラになりえます。
どんな言動がマタハラの対象になる?
明らかに不当な扱いといえるものだけでなく、アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み、偏見)によって、嫌がらせをしたつもりはなくてもされた側は嫌がらせと捉えるケースもあります。
どんな言動がマタハラの対象になるのでしょうか。
具体例をご紹介します。
妊娠報告にネガティブな反応をする
妊娠の報告に対して「こんな忙しい時に妊娠なんて」「入社したばかりなのに妊娠なんてありえない」など、ネガティブな反応をすることはマタハラに当たります。
出産や育児のための休暇取得を認めない
出産や育児のための休暇取得を認めないことはマタハラです。
「今休むなら辞めてもらうしかない」など直接的に言うケースもあれば「代わりの人を雇わないといけないな」と遠回しに辞めるよう促し、精神的に追い詰めるケースもあるようです。
産前産後休業(産休)は労働基準法で定められており、雇用形態や勤続年数に関係なく、出産する本人が取得可能な休業制度です。
一方、育児休業には取得条件がありますが、子どもが1歳に達するまで労働者に権利が保障されています。
法に即した申請があれば、企業規模にかかわらず事業主は拒否できません。
個人的な価値観を押し付ける
たとえ自分の経験からであっても「つわりなんて、たいしたことないでしょ?」など決めつける発言はマタハラです。妊娠中の体調変化は個人差があることを忘れてはいけません。
また、早期に復帰したい人に対して「生後数ヵ月で保育園に預けるなんて、子供がかわいそう」「女性は仕事を辞めて家庭に入った方が良いよ」といったり、男性に対して「男のくせに育休を取るなんて」という発言も価値観の押しつけであり、マタハラです。
自分と他人の価値観は異なることを理解しましょう。
仕事内容や就業時間を一方的に変更する
妊娠・子育て中の人への配慮は大切ですが、「育児中の従業員は急に休むから雑用しか任せられない」など高圧的に仕事内容を変更することはマタハラです。
また、良かれと思って行った仕事内容の軽減でも、本人の意志を置き去りにした決定はマタハラとなりえます。
マタハラにあった時の対処法
では実際に、「マタハラかな?」と思われる発言や対応をされた時、どのように対処すればよいのでしょうか。
具体策を見ていきましょう。
相手に自分の想いを伝える
人によっては、まったく悪意なくマタハラに該当する言動をとっている場合もあります。
伝えることで改善の見込みがありそうな場合は、まずは自分の想いを率直に伝えてみましょう。
会社の相談窓口に相談する
なかなか直接本人には伝えづらい、という方もいるでしょう。
その場合は、会社の相談窓口に行き、第三者を介して解決策を探るのもひとつの手です。
あまりに継続して起こる場合は、より具体的に第三者に理解してもらえるよう、メールや音声などの証拠をのこしておくことも大事です。
総合労働相談コーナーに相談する
会社に相談窓口などが設置されていない場合は、各都道府県の労働局や労働基準監督署などに設置されている総合労働相談センターで相談する方法もあります。
法律違反の疑いがある場合は、行政指導等の権限を持つ担当部署に取り次いでもらえ、解決までサポートしてくれます。実際に、企業に対して報告徴収を行い解決した事例もあります。
子育てに理解のある企業へ転職する
「改善の見込みがない」「もう耐えきれない」そんな場合は、子育てをしながら働く社員に対する理解が浸透している企業へ転職してしまう、という対処法もあるでしょう。
たとえば、ワーキングペアレンツの転職支援に特化したwithworkにも、「今の職場は子供を抱えながら働く場所としてイメージできない…」など、育休中に転職を考えている方からの相談が多く寄せられています。
もし、転職を視野に入れているなら、ぜひお気軽にwithworkにご相談ください。
自身もキャリアとライフの両立に悩んだ経験のあるコンサルタントが、今抱える悩みにも真摯に向き合い、転職に向けてサポートいたします。
マタハラ訴訟の事例
妊娠・出産をめぐる従業員と事業主間のトラブルは、ときに訴訟にまで発展します。
ここでは、実際にあった2つの訴訟事例と判決を紹介します。
【事例1】育休から復職する直前に解雇
保育士が育休からの復職直前に園側に解雇され、訴えを起こした事例です。裁判で、解雇は無効という判決が下りました。
神奈川県の30代女性は、2017年4月から産休に入り、同年5月に出産。2018年からの復職を希望したが「園長と保育観が一致しない」と解雇された。
(中略)
東京高裁は4日の控訴審判決で、妊娠や出産による職場での嫌がらせ「マタニティーハラスメント」と認め、保育士の解雇は無効と判断した。
保育士への「マタハラ」認定、解雇無効の判決 東京高裁
【事例2】妊娠中に合意がないまま退職扱いに
建築測量会社に勤務していた30代女性が、妊娠中に合意がないまま退職扱いされたのは不当として訴えを起こした事例です。判決は退職を無効とし、事業主に対して未払い賃金および慰謝料として約250万円の支払いを命じました。
女性は建築測量会社に勤務していた2015年1月に妊娠が分かり、上司に相談すると「工事現場での勤務は困難」として関連の派遣会社で働くよう指示され登録した。しかし、女性は長時間通勤で体調を崩し、自宅近くの職場への変更を希望。会社側は無視し、6月に「退職扱いになっている」と伝えた。
東京マタハラ訴訟「妊娠中に合意なき退職は無効」
東京地裁立川支部の荒木精一裁判官は「女性が自由な意思で退職を選んだとはいえない」として退職を無効とし、未払い賃金と慰謝料計約250万円の支払いを命じた。女性の代理人弁護士によると、妊娠後の退職に合意がないとして無効とした判決は異例。荒木裁判官は判決理由で「妊娠中の退職は労働者が合意したか特に慎重に判断する必要がある」とした。
妊娠退職「合意なく無効」 東京地裁支部、賃金支払い命じる
なぜマタハラが起こるのか?
そもそも、なぜマタハラが起こってしまうのでしょうか。連合非正規労働センターが行った「第3回 マタニティハラスメント(マタハラ)に関する意識調査」によると、「職場でマタハラが起こる原因はなんだと思いますか?」という問いの上位結果は以下の通りでした。
・1位:男性社員の妊娠・出産への理解不足(67.3%)
・2位:職場の定常的な業務過多、人員不足(44%)
・3位:女性社員の妊娠・出産への理解不足(39.1%)
これがすべてではありませんが、マタハラを防止するためには、妊娠・出産へ理解が得られるような環境作りと、人員不足の解消が急務といえるのではないでしょうか。
マタハラが発生した場合、事業主や加害者はどのような責任が問われる?
法律上、妊娠・出産・育児及び介護等の制度利用等を理由とした不利益な取り扱いが禁止されています。
職場でマタハラが発生した場合、事業者は違反となる不利益な取り扱いを無効にする責任が生じます。
マタハラを行った上司や同僚は、被害者に対して民事上の不法行為に基づく損害賠償責任を負う可能性があります。また、加害者は会社から就業規則違反による懲戒処分を下されることもあります。
このようにマタハラは違法であり、簡単に解決できる問題ではありません。
裁判になると企業イメージにも関わります。マタハラ対策は、義務化もされています。事業主が本気で取り組むべき課題の1つといえるでしょう。
マタハラ防止のため、事業主がすべきことは?
2017年に男女雇用機会均等法が改正され、職場におけるマタハラ対策が義務化されました。
今、妊娠・出産を理由にした事業主による不利益取扱いや、上司や同僚による嫌がらせの防止措置を講じないことは違法です。
では、具体的にマタハラを防止するために、事業主がすべきことは何でしょうか?
厚生労働省が事業主が講じるべき措置として公表している指針を紹介します。
マタハラに対する方針の明確化および周知・啓発
事業主は、マタハラを禁止する明確な方針を定めなければなりません。
マタハラは意図せず行われるケースもあるため、マタハラ行為の具体的な内容および、マタハラをした場合の処分などを管理者を含む全労働者に周知・啓発する必要があります。
就業規則への明記はもちろん社内報や社内ホームページなどへ掲載、パンフレットの配布などが推奨されています。
また、方針と合わせて産休・育休など労働者が利用できる制度についても周知・啓発する必要があります。
事業主は、労働者が安心して制度を利用できる仕組みを整えることが求められています。
相談や苦情に対する窓口の設置
マタハラの悩みや苦情に対して、相談窓口を設けることが推奨されています。
マタハラの被害者は誰に相談したらよいか分からず、不利益な提案を受け入れてしまうケースもあります。
悩みや苦情を聞いてもらえる窓口があれば当事者は安心して働くことができ、マタハラの防止にも繋がるでしょう。
窓口を設ける際、事業主は利用しやすい環境を整備し、労働者に周知する必要があります。
また、人事査定に影響しないような取り決め、相談者のプライバシー保護、状況に応じて適切な対応がとれるフォロー体制の構築も重要です。
マタハラが生じた場合の迅速な確認および適切な措置
マタハラが生じた場合、事業主は事実関係の迅速かつ正確な状況把握をしなければなりません。
相談者および行為者とされる者から聴取し、事実確認ができた場合は速やかに被害者への配慮を行い、加害者には適切な措置を行う必要があります。
事実が確認されても、問題を軽視して秘密裏に処理しようとするケースもあるようです。
解決のために、行為者への制裁は公正なルールに基づいて行わなければなりません。
マタハラが発生した場合は、再発防止のために改めてパンフレットの配布や、労働者への研修・講習など、マタハラに関する周知・啓発を行うことが求められています。
業務体制の整備など当事者や関係者に応じた措置
マタハラの原因や背景となる要因を解消するための措置をとる必要もあります。
マタハラの発生原因のひとつとして、周囲の労働者の負担増加による不満が挙げられます。
妊娠中の労働者の体調不良や、定期健診などによる業務能率低下で、周囲に負担がかかりすぎないよう、業務分担の見直しをする必要があります。
妊娠した労働者側にも、必要に応じて利用できる制度の周知が必要です。
また、日頃から欠員が出たときにカバーできるよう、体制を整備することも対策のひとつです。
「逆マタハラ」とは?
逆マタハラとは、妊娠・出産・育児をする人が、その立場を利用して他の労働者に迷惑行為や過剰な負担を与えることを指します。
妊娠・出産は、もちろん配慮されるべきであり、喜ばしいことです。
それでも、その状況を利用して周囲に迷惑をかける行動はあってはなりません。
「配慮してもらって当然」という考えを持っているとこの状況に陥りやすく、周囲から「逆マタハラ」と思われてしまいます。
下記のような言動は、逆マタハラといえます。
・妊娠や育児を理由に、仕事を人に押し付ける
・子どもがいない人をバカにする
理解してもらいたい気持ちが強いと、マタハラ同様、意図せずとも逆マタハラになりかねません。
普段から適切なコミュニケーションをとり、円満な人間関係を築くことが大切です。
資生堂ショックとは?
「資生堂ショック」とは、2014年に資生堂が行った働き方改革のことです。
女性活躍推進の一環として、育児中で短時間勤務の美容職員に対し、フルタイム勤務者と同様に遅番や土日の勤務を求めました。
背景としては、育児中などの理由から遅番の時間帯に入れる人が少なくなったことがきっかけです。
17時以降の混み合う時間帯に、勤務できる人が独身者などの一部の社員に集中してしまい「回らない」と不満の声が多く上がったといいます。
子育て支援の制度を利用する人が増えるほど、利用していない人へしわ寄せがいき、会社全体で“逆マタハラ”が起きていたのです。その状況を打破したのが、この改革です。
一見厳しい改革にも見えるものの、育児中の社員もキャリアアップに繋がる経験を積めるようになったという見方もできます。
出産した女性も戦力外とみなさない。
時短勤務者にも、フルタイム勤務者と同様の成果を求める代わりに、活躍の機会を与えています。
保育園などのお迎えに間に合うよう時短勤務をしてきた女性が、遅番も土日も関係なく勤務するためには、夫や周囲の人の協力が欠かせません。
女性活躍のためには、男性の働き方も変えていく必要がある――。そんな、日本の課題を正面から突きつけた改革ともいえるのではないでしょうか。
まとめ
共働きの世帯数は、年々増加しています。
今、すべてのビジネスパーソンにとって妊娠・出産への理解を深めることは必要不可欠といえます。
とはいえ、労働者がいくら主張しても、事業主の価値観が変わらない…と憤ることもあるかもしれません。
もし、「マタハラかも?」と思うような事が起こった場合は、1人で抱え込まず、周囲や相談窓口などに相談するようにしましょう。
また一方で、「気づかないうちに自分が加害者になっていた…」なんてケースもあるかもしれません。
そうならないためにも、職場の制度や、禁止事項を理解しておくことが大切です。
そうした積み重ねが、マタハラ防止の一歩になるのではないでしょうか。